オカルト小説「Re:タルパ戦争」運命の7月30日
時は2010年7月30日⋯いよいよ、浮島により企画された都下主要三大学による合同プロジェクトが始める。参加メンバーの中には、オカルト雑誌ムムへ出稿した経験のある者もおり、それなりの面子が集まった。その様子は巨大掲示板「たらばがに」のオカルト板をはじめ、SNSでも実況中継される予定だった。実験に直接関与するのは10名であったが、観察や中継を担当する者も含めればその倍となった。観察担当の中に法経大学の更梨がいた。たらばがにのオカルト板でジェイクスのハンドルネームで活動していた人物になる。ムムへ出稿した経験のある人物とは彼のことで、霊能者であると同時にオカルト研究家として名を馳せていた。霊的鍛錬の一環で体を見事に鍛え上げており、オカルト研究の傍ら、キックボクシングなどの格闘技も極めていた人物である。
実験開始前
実験はすべてIP音声通話サービスSkypeを利用する形で完結される予定だ。同日の夜21:00に開始しされ、最大で翌朝の早朝6:00と定められていた。実験に参加する者は、昼以降の飲食は一切禁止された。唯一、水だけ口にすることを許されていた。空腹に耐えながら実験開始時刻を待つ木口。リビングのソファの上で座禅を組み、ひたすら待ち続けた⋯いや、待ちわびていた。座敷わらしが傍らに寄り添うよう座っていた。目の前のテーブルにノートPCを置き、時折、巨大掲示板「たらばがに」のオカルト板を覗く。実験開始の数時間前であるが、すでに多くのオカルトファンの書き込みが続き、この実験が注目を集めている様子が伺えた。そして、いよいよ⋯運命の時がやって来た。木口は手筈通り、ヘッドセットを装着してSkypeへアクセスした。
幽体離脱と明晰夢の達人が集結
まずは、参加者同士の自己紹介から始まる。代わる代わる交互に行われ、その中に木口がお目当てとするデノレタなる女性参会者がいることを確認した。その後、浮島の詳細な実験ガイダンスが始まり、浮島の合図と同時に参加者全員が瞑想を開始、変性意識状態へ入る。いずれの参加者も「幽体離脱」や「明晰夢」などを得意としており、木口自身も浮島から事前に瞑想のやり方は徹底的に教え込まれていたため、実験へはスムーズに参加することができた。この浮島なる男であるが⋯京都出身で実家は地元でも著名な大社である。将来は神主である父親の跡を継ぐ予定だ。そして、幼い頃から陰陽師としての英才教育も受けており、彼の霊力は優れたものだった。そんな彼の霊力の導きにもより、参加者全員の霊的資質、力が日頃以上に引き出され、一同、深い意識の底へ潜った。
恐るべし陰陽師の霊力
実験参加者の中から次々と歓喜の声が上がる。恐らく、各々の霊的資質では体験することができなかったレベルまで⋯深い、深い意識の底に誘導されたものと思われる。しかし、あまりにも深いレベルに到達していたため、参加者のほとんどが呂律が回らず、まともに話をすることができず、浮島が呪文のように静かに呟く声に従う形となった。時刻はすでに深夜0:00を過ぎようとしていた。いよいよである。ここで今回の実験の本懐が披露される。直後、参会者から驚きの声が沸き起こった。全員の意識の中に⋯狩衣の姿をした浮島が現れた。そして、一時間にわたり扇の舞を披露し続けた。実験は大成功である。深夜2:00頃になると浮島は一人づつ暗示を解いて回り、早朝6:00前まで全員を変性意思状態から解放させた。しかし、これを冷淡な視線で見ていた者がいた。更梨である。
座敷わらしに呪われた男
法経大学経済学部4年の更梨は、浮島と同じ歳でもあり、何か妙な因縁めいたものを感じていた。更梨の生い立ちは浮島とは対極的なものとなる。秋田県出身で実家は由緒正しい家柄であったが⋯幼い頃、興味本位から禁断の行いに手を染めてしまい、一族から「座敷わらしに呪われた男」として忌み嫌われるようになり、中学を卒業すると都内の全寮制の高校へ追いやられ、今に至るまで帰郷を許されていなかったのだ。そんな自らの境遇と重ね合わせるかのように、浮島を複雑な思いで見つめ続けていた。もちろん、更梨自身も頭では理解できていた。これは浮島に対するただの嫉妬ではないか⋯しかし、自らの信念はそれとは別のところにあるものと信じてもいた。ただ、今回の実験はそれとはまた違う⋯さらに別の何かも感じていた。知り合いの霊視能力に長けた者に連絡を取る。