オカルトと向き合うおっさん占い師の独り言

2026.06.28

タルパに限らず⋯オカルト関連の技を実践するからには、相応の覚悟を持って挑むべきだろう。精神世界で遭難しないためにも、自身が挑戦するメソッドの定義くらい確認すべきだし、良くも悪くも自分自身に対して呪いをかける行為なのだから、確固たる目的意識を持って臨まないと失うものが多くなる。精魂を消耗させて不幸を招くだけだろう。本当に自覚の足らない者が多過ぎる。また、健全なオカルト実践のためにも⋯現実社会との調和も大切だ。最低限の科学知識は弁えた上で実践すべきだし、医師や薬剤師の言うことは守るべきである。自分の体で起こす現象となるので、心理学や脳科学くらい人並み以上に関心を持つべきだし、それをきちんと説明する責任があることくらい理解しよう(この点は主観でも構わないと思う)。誤解を生み出し不毛な争いを巻き起こす原因だ。

タルパ界隈で定義が放棄された原因と理由

何事も定義は大切だ。これから自分が何をやろうとしているのか理解をするために必要となるものだ。しかし、タルパ界隈ではどういう訳が定義が放置されたままとなる。その原因と理由は不毛な争いが起きるからである。みんなそれぞれでいいじゃないか⋯だが、それは表面的なこと、建前に過ぎず、実態は定義されることにより都合を悪く感じる者が多かったからである。この件は旧考察時代から散々書き述べているが、2010年、タルパ戦争以降⋯うつ病、内在性解離や双極性障害などの気分障害をもった者が大挙して押し寄せ、タルパやイマジナリーフレンドの自称が増えたからである。オカルトの観点でガチ定義されたら精神疾患に基づくものが否定される。同時に科学派と称する連中がこの時期くらいに現れ始め、タルパと精神疾患の融合を画策していたようだ。

臭いものに蓋をするタルパ実践観

そうした背景と経緯もあり、超心理学と称してオカルトと心理学の中庸路線を主軸にしたタルパ実践観の構築を目指す。一時期、定義めいた発言をしようものなら、界隈を荒らすなとかアレやコレや言われ、誹謗中傷のターゲットにもされたくらいだ。実に馬鹿げた話である。また、未だに憑依や人格交代を自称する者を散見するが⋯その実践方法を考察、解説している人なんか一人もいないし、どうしてDID界隈でやらないのか不思議でならない。とりま、本物の憑依はタルパ側の自我への幽体離脱だ。幽体離脱と言うと体の外側に出るイメージが強いだろうが、明晰夢も幽体離脱の一種だし、普通に寝ている時に見る夢全般での体験も広義の離脱(体内で幽体化)となる。隔離された精神世界への没入、ダイブとしての離脱もあり、別自我への融合としてのそれが憑依や人格交代だろう。

タルパの自動化と目的意識の関係性について

タルパの自動化は⋯タルパを作る理由、目的意識が明確でないと実現できないだろう。訓練を通じて様々な設定条件を与えて育成していく訳だが、それらの記憶情報を一つの個体にまとめ上げ、タルパの自我として芽吹かせるためには、情報の連携性も大切だが、全体的な方向性としての目的意識もないと、一つの個体としてしっかりまとまって行かないと思う。とりあえず、タルパに関連する情報を設定して行けば、ある程度は連携し始め、一つの個体として生きて来るかもしれない。しかし、いつまでも経っても存在感を薄く感じたままとなるだろう。現実の人間で言うところの生気のようなものがない感じだ。掴みどころがなく、どことなく不安さえ覚えるだろう。目的意識はタルパの存在意義であり使命となるものだ。命の使い方と書いて使命ですよ。まぁ、タルパは霊体ですけど。

タルパは立派な呪い

タルパはオカルト的に見たら使い魔みたいなもんでしょ。使役してこそタルパも自らの存在意義に喜びを見出し、所持者の幸福のために働いてくれます。タルパの気持ちガーとか⋯タルパを物のように扱うナー言うもんは⋯小学生女児のガキかw。自らの意志でオカルトの世界に片足を突っ込んでおきながら甘えるな。その一言に尽きる。もちろん、奴隷のように酷使する訳ではありません。運命の相棒として大切にします。もうホント自覚がぜんぜん足りてない人が多いんですけど、タルパ作りって⋯自分で自分に呪いをかけているようなもんですからね。タルパは立派な呪いの一種です。シジルのような西洋魔術の術式を利用したもんも少なくないだろう。気軽な気持ちでやってるのかもしれませんけど⋯今さら怖くなって逃げるなよ(逃げられないけど)。全部、自分に返って来るから。

心の中で悪魔を育んでいただけかも

前回の記事でも述べた通り、自動化されたタルパから聞こえる声、反応は、所持者に対する占いです。少し違和感を覚える表現となりますが⋯無自覚にタルパから占われているようなもんです。何気ない小さい現象ですが、積み重なっていけば相当な力となり、あなたの人生に大きな影響を及ぼすようになります。自動化や無意識の定義が本気でなされていないため、よくわかっていない人が多いかもしれませんが⋯そりゃ、タルパの声、反応は、深層意識にあるもんが源泉ですからね。もちろん、変性意識をちゃんと駆使して訓練していたならも前提条件に加わります。ただ、怒りや興奮も変性意識状態ですので、タルパで感情的になっていたような人は、それはもはやタルパとは呼べませんが⋯心の中でしっかり悪魔を育んだことでしょうね。自滅の呪いがしっかりかかってますから。

本物のタルパーとは何か?

占いの良い意味を持つシンボルを、タルパ作りやダイブに織り込むことは、こうした裏の意図からのものになります。人工精霊の作り方「運の光」時代から散々警告していた。あれから数年が経過⋯もう、五年以上は経ったな。現状はどうだ?誰と誰とは言わないが⋯現実の人生を行き詰らせて破綻させているではないか。だから、言わんこっちゃない。人生はおおむね五年単位で変わって行くので、タルパを五年以上実践していて幸福な人は本物のタルパー、不幸になっている人は似非、ファッションタルパーと言えます。目的意識をちゃんと持ってやれば、タルパはそれに最適化した占いとしての言葉、態度を示して行くようになります。良い運命へ導かれるようになります。タロットや占星術と併用すれば、各段に運勢を切り拓くことが叶うでしょう。

本来的に魔術や占いの心得は必要なもの

タルパの本懐は自動化にあるとは⋯タルパが占いとしての言葉、態度を示すからにあります。以前、私とは真逆の思想でタルパを実践されている方と会いましたが、視覚化を重視したタルパ実践を提唱されていた方になります。ただ、視覚化も無意識化プロセスの一つであり、動的イメージが伴えば自動化と同じことだと思います。また、動的イメージがあろうがなかろうが、非言語で直感、思念伝達のような感覚でコミュニケーションを取ることもできます。その方の言っていることは自分と同じだと思います。だから、タルパの本懐は⋯突き詰めていけば直感、無意識に尽きると思います。それは実践者本人の地が本当に出てきますからね。やはり、タルパは魔術や占いの心得のある者がやるのが理想的だと言えますね。タルパが消えたなんて言っている人はただの中二病ですよ。

素直に欲しいものを求めろ

もちろん、何度も伝えていることですが⋯心に問題を抱えた人でも、病理ときちんと分けて考えることができれば、タルパ作りに挑戦しても構いません。自分は将来、どんな風になりたいのか?ちゃんとした目的意識を持って挑戦しましょうね。本物のタルパを手にすることができれば、運命は劇的に好転して行きますよ。それまでの人生をバカバカしく思うことでしょう。目的意識を持たずにやれば、今のままの心象が反映され、あなたを取り巻く状況がさらに悪化するのは言うまでもありません。以前、自分だけの世界に閉じこもっていたい⋯なんてことを言っていた人を見かけたことがありますが、それならばブログやSNSなんてやらなければいい。それでそんなことを⋯わざわざしている意味がまったく理解できない。結局は渇望してるんですよ。素直に欲しいものを求めろ。

そもそもタルパは無意識を何かに変換するメソッド

どうせ、自分なんか⋯訳ありな人がよく口にする言葉だ。一般的な心理学の世界では、傷つくことを恐れて行動をためらう防御心理と説かれている。まぁ、自分から言わせてもらえれば、究極の自己愛の誇示にしか見えない。自分が可愛いんだろ?笑われたくない⋯バカにされたくない⋯怒られたくない⋯そうやってすべてのリスクを排除した結果、今度は退屈を招き「生きる意味とは何か?」と嘆く。本当にやることがなくて時間を持て余し、小人閑居して不善をなすだ。もう、ドリフのコントかよ。常日頃からそうやって怯えているから、そういうつまらん状況が引き寄せられるんだよ。タルパは無意識を具現化、変換するメソッドになるんだ。引き寄せの法則が発動しまくり、今の不幸がより大きな不幸になるのは自明の理。いい加減、その不幸の連鎖を断ち切れ。

俺様が気に入らんならブロック上等

他人の視線なんか気にするな。別に万人からも認められなくてもいい。気の合う人とだけ楽しく過ごしてりゃいい。現実での自分の仕事に対するスタンスは⋯自分は自分の務めを果たすだけ。これでおまんまが美味しく食べられれば満足。誰に何を思われようと知らんし、それはその人の問題だ。そうして過ごしてりゃ上司すらお前を一目置くようになるぞ。他人の失敗を笑ったりバカにするような人は、そうやって他人を下げることで自分を相対的に上げようとする劣等感、強いコンプレックスを持ったつまらん人間だ。気にする価値なんて微塵もない。お別れはブロ解でって自虐的な自己紹介はやめた方がいいな。俺様が気に入らんならブロック上等くらいの気構えになれよ。タルパなんて⋯世間一般的に奇人変人がやるもんだからな。多くの人から受け付けられないのは当たり前。