霊能者育成マニュアル

おはこんばんちは、お笑いとギャグを愛する孤高の占い師(常に上から目線の嫌な人)、オカルトの世界を闊歩する変人、アレクサンドル・ワタシノフスキーです。まぁ、一人くらいこんな占い師がいてもいいでしょう。専門はフロイト心理学と夢占いになりますが、水晶占いも少しだけできます。あと⋯心霊現象の研究もしております。やっぱり、霊視やチャネリングは占い師のステータスです。できるに越したことありません。ただ、私の言う霊能力とは⋯心理学的な概念に近く、人様を脅したり威迫するようなものではありません。てか、私そういうの嫌いです。もっと、ワクワクさせる楽しいもの、心のエンターテインメント、生きる勇気と希望を漲らせるものです。しかし、天国行く!!そう言うノリとスタンスをしたものです。こんなもん日常生活の空き時間にお楽しみください。
私のオカルト観
幽霊はいます。しかし、常識的に考えてうんなもんいる訳ありません。当たり前だろう。死後の世界もあるとは思いますが⋯死んでみないとわかりません。てか、どっちやねん!?とりま、人はいずれ死にます。どうせ死ぬなら死後の世界はあるもんだと信じて、天国へ行けるよう⋯現実の人生を可能な限り長く楽しく生きて行きたいものです。何が言いたいのかと言うと⋯心霊現象は人の心が生み出しているものに過ぎません。悪霊や怨霊、質の悪い動物霊は⋯すべてそれを信じている人のネガティブな心象に過ぎません。だから、オカルトやスピリチュアルに面白おかしく向き合っていれば、楽しい出来事ばかりしか起きません。すべて心の持ちようです。私のオカルト観は〇追純一的な好機心と〇口浩的な冒険心の塊で、胡散臭くもしっかりとした哲学のある昭和のオカルト屋ですわ。
霊能力に目覚める方法
霊能力は変性意識を積極的に活用することで習得できます。変性意識とは⋯肉体の感覚が失われ、意識の中へ没入する非日常的な精神状態となります。何か特別な能力に思われますが、誰もが普段の生活で体験している感覚で、就寝中に夢を見ている状態がその代表例となります。これ以外にもリラックスしてボーっとしている時、音楽を聴いて鳥肌が立った瞬間、アニメやゲームなどの映像の世界に引き込まれ没頭している等⋯程度の差は大きく様々な状態下でのものがあります。白昼夢もその典型であり、人間の隠れた営みの時に感じる絶頂感もそうです。変性意識をもっとも強く感じられるのは男女のアレです。通常、意識と肉体は一致した状態、通常意識と呼ばれる精神状態を保っておりますが⋯故意に変性意識を誘発させることで、幻想的なイメージが得られるようになります。
幽霊の正体
一時期、都市伝説界隈を中心に、異世界へ行く方法と称し「タットワの技法」が流行り、オカルトと無縁だった人たちからも⋯人の姿が見えた!!海が見えた!!と騒がれていたことがありましたね。幽霊の正体と言うか⋯心霊現象の基本的な発生原理はコレです。何かを凝視して意識を集中させることで変性意識が誘発され、無意識に何かが視覚化されただけです。普通に壁を眺めたり、目を閉じてまぶたの裏を意識して見ていても同じことは起きます。もちろん、本当に目で見えている訳でなく脳内現象に過ぎません。寝ている時に見る夢の中での出来事を、部分限定的に再現させたものです。占いのパスワーキングやスクライングはこれを意図的に誘発させたものです。脳の成長段階にある幼児は現実と夢との区別が付きづらくイマジナリーフレンドとして認識することもあります。
心霊現象はつまらない脳科学や心理学が前提
変性意識は様々な条件下でのものがあり、本当に程度の差が大きい生理現象となります。当然、それにより想起したイメージに対する鮮明度も大きく変わります。また、感じ方や現れ方のようなものも大きく変わります。何かを凝視してぼんやりと浮かび上がって来るものから、心理状態の急変により瞬間的に知覚できるものまであります。錯覚や錯視現象をトリガーに引き起こされる場合もあります。重要な点になるので何度も伝えておきますが⋯これらの生理現象は、幻聴のようなものもそうですが、本当に目や耳で感じている訳ではありません。すべて脳内での出来事に過ぎません。心霊現象の正体は脳が引き起こしているものに過ぎません。と、まぁ⋯ここまでは夢やロマンの欠片もない、ありきたりな脳科学や心理学の話です。それじゃつまらんでしょう。
心霊現象は民俗学的な意識共有文化
江戸時代の画家、丸山応挙をしばしば引き合いに出しますが⋯幽霊に足がないイメージは、丸山応挙の描いた足のない幽霊画をはじめ、数々の類似する民俗学的な伝承、創作により人々の間に根付いたものです。タルパやイマジナリーフレンドのように現れて来ても良いと思いますけど⋯現代でも下半身が不鮮明であったり、全体像が見えても半透明や無採色な感じをしたものばかりです。UFOは飛行機が発達し始めた第一次世界大戦以降に目撃されることが増えました。その直前は幽霊飛行船が一時的に流行っていたようですね。ぶっちゃけ、タルパ界隈もそんな感じに⋯あっ、それ僕も私も俺も言った感じに、みんな調子こいて発展した来たと思います。心霊現象は複数の人が同時認識する単一現象でなく、それぞれの人がパラレルに持った類似イメージの共有、共感的な同調現象です。
個人的にUFOや宇宙人は、それを信じている人たちの類似イメージの共有により、各自の意志の中で模倣的に作り出された⋯分散した状態で一意に感じられる集合思念体、人工精霊の類だと考えます(心理学的には緩慢な集団催眠)。宇宙人が地球にやって来ているとは思えません。エリア51では心霊現象、超能力の研究が行われているのかもです。
霊能者は変性意識を演出する
畏怖心と好奇心を交錯させながら語り継がれるものは⋯多くの人々の深層意識に定型の記憶情報として刻まれるので、あたかも心霊現象と言う単一現象が起きるものと信じられるのでしょう。これは宗教における信仰心、神仏への帰依にも似ています。良くも悪くも催眠⋯変性意識です。畏怖心と好奇心と言う矛盾する感情を組み合わせた時、変性意識を効果的に誘発させることができます。霊能者になりたいなら⋯畏怖心と好奇心を交錯させて語れば良いと言う訳です。ただ、似非霊能者は不安を煽り、ジレンマで判断力を鈍らせてお金を要求して来るので注意。ちなみに、人が生きている時にもっとも強く感じられる変性意識は⋯性欲に関するものとなります。フロイトの心理学でも説かれている通り、これも自制心と自立心と言う相反する情動を高揚させることで変性意識に誘導されます。
相反、矛盾する感情で変性意識を誘発させる考え方については、アンビバレンス、両価性について各自でお調べください。矛盾を超越したり、解放されることで変性意識が誘発され、時に深層意識から大きな発明や発見につながる着想が得られます。
変性意識に共有イメージを重ねる
まず、私が長文を書きたがる理由ですが⋯まぁ、思い付いたものを片っ端から書きたがる癖もあるんですが、読み手を文章の世界に引き込ませるためでもあります。ただの知識伝達、情報交換では意味がありません。そのために文脈を整えて、テンポ良く読めるように工夫もしています。時折、動物霊の話なんか持ち出して、畏怖心と好奇心を交錯させなら読み手の心もくすぐっていたつもりでしたわ。アニメやゲームのような映像ほどはありませんが⋯ホラー小説でも読ませる感覚になって楽しんでもらおうと留意してます。拙速に占いやタルパの作り方を求めるヤツなんかロクでもない。それで本物を身に付けられる訳ないだろう。とりま、読み手に対して共有イメージを醸成してもらうのが意図だ。しかし、そこに悪意はない。タルパの食事を気のコピーと言い始めたのは自分だよな?
霊能力は豊かな感性
結局、創作ですよ。これに対して強く憤るオカルトファン、関係者はいるかもしれません。それでは宗教は一体何でしょうか?史上最大にして最古の創作物ですよね。聖書に書かれた内容や世界の各地で語り継がれる神話は⋯実際にあった話ではありませんよね。しかし、ただの作り話とは違います。すべて比喩表現であり、多くは人々に対する戒めや皮肉、警鐘の類です。霊能力もそうした抽象的な概念になると思います。超能力のようなものではなく⋯人一倍、敏感に研ぎ澄ます感受性になります。そうして感性が豊かになれば表現力も自在となり、他者に共感してもらえる何を示すことができるようになるんだと思います。占いもそうであり霊能力と称するものと本質的には同じだと考えます。不安感や恐怖心を煽るだけのものは、感性でなく本能への刺激であり動物的なものです。
動物霊に強くこだわる理由
生命の系統樹に見るよう⋯人間は他の生き物たちと同様、原始の地球に芽吹いたたった一つの生命体から進化を遂げてきました。深層意識に動物的な名残としての本能が残されているのは当然と言えます。それは一種類に限られません。何にせよ⋯それが動物霊の正体だと考えます。人間の性格を動物生態学や動物行動学の観点から診断を行う動物占いは、こうした方面に関心にある方なら知るところでしょう。オカルト的にも心理学的にもマッチしていると思います。宗教観により人の死は適切に解釈されているため、人間の死霊はほとんどいないと思います。現世は醜い人間の心を起因とする生霊や動物霊が大半だと思います。これまでの話の内容を踏まえた上で考えてもらえれば、私の意図を察してもらえると思います。動物の死霊は人間の心をトリガーにしたものです。
死後の世界に対する考え方
最後にあの世について述べます。死後の世界は⋯時間が無限大に引き伸ばされた永遠の「夢」の世界だと考えます。死に直面した際のフラッシュバック現象、走馬灯の先にあるものです。あらゆる概念が相対化され、シチュエーションに応じた夢を自由自在に見ることができます。あの世では再会したり出会う人に応じて、自分の姿が変わります。親の前では子の姿として⋯先立っていたパートナーの前では互いに若い時の姿で⋯状況に応じて楽しむことができると信じています。故に明晰夢に近いと言えるかもしれません。個人的に幽体離脱や明晰夢の実験、研究もしており、それに基づき得た結論になります。ただ、転生まで確証は得られておりません。果たして⋯来世はあるのか?現世で再び肉体を獲得することはあるのか?これからも模索のようなものは続けたいと思います。