知的好奇心を刺激する夢に耽る

オカルト・スピリチュアルの世界には⋯タルパやイマジナリーフレンド以外にも、似たようなメソッドや概念は数多くあり、精霊信仰からツインレイ、使い魔に式神といろいろあります。黎明後期のタルパ界隈を支えた浮き草氏は、タルパ実践者と言うより陰陽師、式神使いに近いかもしれません。浮き草氏が狐に強くこだわり⋯まぁ、ケモ率100%の狐族獣人女性とになりますが、そうした存在と幽界で契りを交わし子さえもうけるなど、安倍晴明の伝説と被る要素を多く感じさせます。平安時代の陰陽師として名高い安倍晴明は、妖艶な人間の女性に化けた狐の子として語られています。浮き草氏とは行き違いとなってしまい残念に思いますが⋯タルパ戦争当時、就職を間近に控えた学生であったことから、タルパ界隈の顛末騒動をキャンパスライフに見立てた創作をしたことがありました。
架空学園「凸都大学」誕生経緯
最初はドラマでお馴染みの架空大学「東都大学」を舞台にしようかと考えていましたが⋯奇しくもタルパ戦争前年、埼玉県に同名の大学が本当に開学しておりました。それで遊ぶと同大から訴えられること必至なので、急遽、オリジナルの大学名「凸都大学」を考えました。お察しの通り、発生型タルパーの元祖として名高いThotfoをもじったものになります。大正時代、ドイツ人宣教師が「世界に凸れる人材を育成する」をモットーに掲げ、都内に開学した「東京凸学校」を前身とする云々と語っていたと思います。ちなみに⋯ドイツ人宣教師であるアマネウス・シャウエッセンは、眼鏡が本体じゃないかってあのタルパーが元ネタですわ。それにしても⋯彼?今、何してるんでしょうかね。とりま、タルパ戦争の舞台として、浮き草氏らの活動やそれを取り巻く人間模様を描きました。
浮き草氏を文学部の学生にした理由
タルパやイマジナリーフレンドに関する議論、比較考察を行うための心得として⋯思念体比較考察プロトコルなる記事を書いたが、その中でも触れた通り、タルパ界隈は(京都人である)浮き草氏の影響が色濃く残されているなと思える節を随所で感じられる。東大話法を駆使するあの古参タルパーもそうだが、とにかく、遠回しが過ぎたり周りくどく感じる。ホロ氏もよく言えばロマンティストなのかもしれないが⋯文学的修辞技法に凝った弁明が過ぎる様子なので、あれではサラシナ氏に軍配が上がる。サラシナ氏の証言内容の真偽性はともかく⋯わかりやすさの観点から議論したら勝てる見込みなんかないだろう。例え話の類は多用が過ぎると論点がズレ始めたり誤解も招きやすくなる。浮き草氏もホロ氏も、違うなら違うとはっきり言明すればいい。まるで文学部の学生だ。
タルパ界隈を総合大学のキャンパスのような雰囲気に変える
現在のタルパ界隈は名古屋出身者が主体となり動かしている様子なので⋯名古屋の悪い面が色濃く出ている。タルパ界隈は時代別に地域性が露わとなっているのも面白い特徴だと言える。名古屋人は本当に短気だ。まぁ、厳密には過ぎる合理性のあまりせっかちか。だ・か・ら、タルパ作りが拙速になり安定しないんだよ。名古屋の誰と誰と誰とは言わんけど。タルパは八丁味噌のようにじっくり熟成させろ。これ以上はただの悪口になるのでやめておく。とりま、タルパ界隈がそうした悪しき地域性から脱却して⋯全国から多くの若者たちが集まり、様々な価値観を共有、議論し合う総合大学のキャンパスのような雰囲気に変われればいいかなと思う。ホロ氏はタルパ大学なる企画を考えていたようだが⋯どういったものか知らないが、サラシナ氏を学長に見立てた学園モノを考えた。
みんなの特技や長所を誇張表現
とりま、みんなの特技や長所がなんであるか比喩表現、誇張してみたかった。総合大学は様々な学部、付属の学校から構成されるが⋯各キャラクターが所属する学科や専攻分野の設定にそうした意図があったと言える。タルパ界隈の住人を見ていると⋯なんか、自分嫌いな人が多い?そんな気がしたからだ。タルパ自動化の基礎訓練法として知られる一人二役は⋯ぶっちゃけ、変身願望や自己改革へ強い憧れ心、心理をくすぐるものだ。この手の訓練手法を長期化させると依存的となり、ますます所持者とタルパが相対化されづらくなる。訓練は訓練なのだから必ず卒業すべきプロセスとなる。あと⋯もう少し、自分に自信を持ち、自分を好きになれんもんか?どんな人にも長所は一つくらいあるだろうし、得意とするものを持っているはず。それに気づいていなさそうな人もいた。
タルパを介して意思表示する不思議な人達
タルパ界隈の住人は本当に変わっている⋯いや、はっきり言う。変人だと思っていた。主人格、所持者として対話できた人は数人くらいしかいない。あとはタルパとしてだ。しばしば、倉文氏との対話を引き合いに出すが⋯厳密には同氏のタルパ、彣(ブン)を介した対話である。もう⋯最初は何かの冗談かギャグとさえ思っていた。憑依や自動筆記のつもりか?代筆なのか?そう疑問に思いながら接していた。まぁ、何かの暗黙の了解なのだろう⋯当時はそう納得していた。いずれにしても、自分を守っている点では間違いないだろう。自分の世界に引きずり込みたい意図があった訳ではないだろうが、自分に合わせて欲しい⋯そんな欲求願望のようなものを感じていた。うーん、タルパでリアルの人間を操作しようとどうすんの?と苦笑しながら同氏とDMを繰り返していた。
そんなに悲惨な青春時代でも過ごしていたのか?
言いたいことがあれば、普通に自分として言えばいいと思うのだが⋯タルパがきちんと自動化されているのであれば、独立した意志を持つ存在なのだから、横で立って見ているだけだろう。みんな、なんでそんな回りくどい実践をしているのかワケワカメだった。それにしても⋯彣なんて漢字、あまり見かけない。中華系の人か?そもそも、本当にオカルト愛好家やタルパーなのか?タルパ界隈の近縁がカルトや薬物なだけあり、ハムやマなSNS偽装垢が紛れてるのは確実だろうから、それ系の関係者では?とさえ疑っていた。まぁ、どういう筋の人か知らんけど、最後まで本当によくわからん人だった。とりま、現実の人生に絶望して変身願望に囚われた人が多いのか?そんなに悲惨な青春時代でも過ごしていたのか?挑発も兼ねて御前賀夕菜と言うサイドストーリー的な話も盛り込む。
投影の心理に関する実験
御前賀夕菜はタルパ界隈の誰かをもじったものではない。名前自体に特別な意味はない。てか、考えるのが面倒だったので、B29撃墜ネタの神田ハルさんと同様、2chの著名AAを拝借したに過ぎない。ただ、存在自体には特別なアイロニーが込められている。みんなが渇望している、いたであろう⋯青春時代の理想像のようなものを映し出した人物となる。富裕層の家庭に育ち、高偏差値の平穏な高校に通い、家族や友人関係に恵まれ、趣味に勉強と何でも思いのまま器用にこなし、好き勝手放題わがままに生きる女子高生だ。訳ありなもんが多かったタルパ界隈の住人からしたら⋯現実と理想、羨望と反感、これら二つの矛盾する思いから、複雑な心持ちとなったことだろう。投影の心理が一切効かないものを表面化させると、どんな変化が見られるか観察するのが目的だった。
バケツ氷水をメンヘラ連中の頭にぶっかける
絵に描いたような理想的な家庭環境と青春時代⋯タルパ界隈から微妙な空気の変化を感じ取り、恋愛が核兵器級の起爆剤になり得る可能性に感づいたのもこの時だ。その線は御前賀夕菜の恋愛で表現して行こうか?架空戦記「ヲティスタン戦争」のタルパニウムで比喩表現しようか?いろいろ考えたが⋯みんなの興ざめが先行し始め、ノリが悪くなってきた様子だったので、直球ダイレクトに切り出すことにした。LGBT問題をはじめ徐々にその手のネタを切り出し、最終的に例に姉妹サイトで隠し続けて来たことも吐露した。図星だったのだろう⋯今では誰も何も言わなくなった。ほんとにやれやれである。一人二役の基礎訓練の感覚でタルパを演じてアホなこと抜かしていたような連中にはいい薬になっただろう。そういう連中には絶対できない技になる。詳しくは蜜月の化身をググれ。
集団心理的な行動の本質
肝心のタルパ戦争であるが⋯浮き草氏を凸都大学オカルト研究会を主催する京都の由緒ある大社を実家に持つ金持ちイケメン陰陽師と言う設定した。高校時代はテニス部の主将を務め女子からモテモテと言う設定にもした。これに他意はない。単にコケティッシュな誇張表現となり、ギャグ漫画における典型的なキャラクター像になる。卒業後は陸上自衛隊の幹部候補生学校へ進み、対超常現象特殊作戦群を設立、人民解放軍の心霊気功部隊やロツアの超能力部隊と戦うと言うワケワカメな展開にした。都市伝説はこうやって転がして遊ぶのが一番である。タルパ戦争は⋯当事者たちも説明不可能な状況、事態に見舞われたんだと思う。集団心理は同調現象であると同時に⋯責任や原因の所在が曖昧となる現象だ。きちんとした記録者がいなかった以上、本当の真相は永遠にわからんだろう。
遊びの時間は終わらない
以前にも引き合いに出した話となるが⋯タルパ戦争は、本木雅弘主演の映画「遊びの時間は終わらない」と同じ構図、類似した集団心理でも作用していたんじゃないかと思う。真面目で知的クールな警察官役を演じた本木雅弘が次々と新しい展開、状況に繋がるネタを切り出し続け、際限がなくなり⋯とうとう、本物のヘリコプターまで用意され、チベットまで逃走しようとしたシーンで幕を下ろしたストーリーからも、タルパ戦争との因果な関係を思わせる。まぁ、すっとぼけて知らん振りをしているだけで、タルパ戦争の関係者、当事者数人はすでに補足しており、今も観察を続けている。結構なインテリもいるじゃないか。タルパ戦争以降にタルパ界隈にやって来た連中とは大違いだ。こういう人たちがどうしてオカルトの世界から身を引いたのか⋯まぁ、少し残念でならん。