思念体界隈の憑依現象の正体
思念体界隈⋯特に、人工精霊・タルパ界隈で何かと物議を醸している「憑依」についてであるが⋯実は、脳内におけるごく平凡な言語認知機能が、その正体を解明する鍵を握っている可能性があるかもしれない。皆さんは本を読む際、無意識に脳内で音読していると思う。文字を視認→脳内で音読→意味を理解と言ったステップを踏んでいるのだ。これに対して、速読術は脳内で音読をせず、視認した文字から直接的に意味を理解するから、普通の人よりも早く文章が読めるのだ。では、読むのではなく⋯文章を書く時はどうなるのか?その場合でも、大抵の人は音読していると思う。もしも、書く時に音読をしなければ⋯実際、自分でも試してみたができなくはなかった。しかし、書くスピードはあまり変わらない。いや、下手をすると逆に遅くなるかも。
人工精霊・タルパ界隈における自称憑依の正体
脳内音読せずに文字を書いたりキー入力する行為は難しいように思われるが⋯訓練すればできなくもなさそうだ。実際にやって見たところ、意外と短時間で習得できた。しかし、文書作成のスピードが上がる訳でもない。また、音読しながらの方が誤字脱字の防止効果もあるので、そのような変な真似はしない方が良いと思う。ぶっちゃけ、何のメリットもない。まぁ、実際、自分でやってみれば本当に分かるが⋯さも、自動筆記、無意識で書いている感覚にも囚われる。率直に憑依の正体ってコレじゃね?と思う。そもそも、そんな気軽に本物の憑依がホイホイできる訳ない。魔術師や占い師ですら本物の憑依ができる人なんてそうそういない。イタコもそれなりの修行を積んでいる。人工精霊・タルパ界隈には、冝保愛子さん級の凄腕が、掃いて捨てるほど存在していることになる。
代筆を憑依と錯覚しているだけ
思念体と一体化してやれば、まるで思念体が直接書いたりキー入力しているかのような感覚が体験できるだろう。それは一見すると憑依に思えるが⋯しかし、これは憑依でなく歴然とした代筆である。所持者の意識も明白に働いており、最初から最後まで記憶が全部残っているのだから憑依とは違う。ただ、私がこれまで主張して来た代筆は、自分の目の前にいる思念体の声を聴きながらの文章作成となる。このため、脳内音読を省いた状態での代筆は、ある意味で画期的と言える。でも、ただの代筆。以上。ところで、前々の記事で、憑依と称して脳内音読がある場合、なりきりとなる可能性があると指摘したが⋯その場合、憑依されて自分が思念体から制御を受けている側になるのだから、自分の声でないと不自然だ。憑依と称して思念体の声で脳内音読していたら「なりきり」である。
所持者と思念体の語彙が違う場合こそ注意
憑依と宣言しておきながら、思念体の声で脳内音読していたら⋯当然な話となるが、自動化はされていないことにもなり、それは思念体ではなく、完全な演技となる。つまり、人工精霊・タルパ界隈の自称憑依は、視覚化はおろか自動化すら実現していない「ごっこ遊び」の可能性が高いと言える。始末の悪いことに⋯それを本物と信じて無自覚にやっている。単にキャラクターを操っているだけの行為である可能性が高い。それを自動化と思い込んでいるのだろう。以前、自動化されていないものでも、広い意味で思念体と呼んで良いとも述べたが⋯この場合、広い意味としての思念体には含まれない。本当にただの「なりきり」となる。ちなみに、それを見破る方法、思念体の声で脳内音読している場合の特徴として、本人との語彙が極端に違い過ぎる点にある。
ジェーン・パックマンと言うキャラクターを覚えているか?
思念体は独立した意思を持つ存在なのだから、作った本人と語彙が違って来るのは当然に思われるが⋯本物は似通ってきます。なぜか?自動化は本来、瞑想等により変性意識状態となり、自分自身の深層意識から働きかけることで実現されるからだ。故に、自動化は本人の言語能力に依存するもので、語彙が似通って来るのが自然となる。もちろん、ある程度の性格設定で、思念体に独自の語彙や口癖を設定することが可能だが⋯それほど多くはできない。そのための設定項目が多くなればなるほど自動化は至難となる。逆に、語彙が違い過ぎる場合、変性意識を利用した自動化を実現してない疑いがあり、キャラ作りのため無理をしている可能性がある。そして、間違いなく⋯思念体と称する存在の声だろう。関係者なら知っていると思うが、私自身がジェーン・パックマンで検証済み。