オカルト小説「Re:タルパ戦争」プロローグ
これはある男子大学生が体験した⋯真夏の夜に起きた不可思議な出来事を書き綴った話である。前期テストも終わり、夏休み入りしたキャンパス内は各種のサークル活動等で活気に満ち溢れていた。ここは大正時代から続く伝統私学、凸都大学文京区キャンパスである。風変わりなドイツ人宣教師によって設立され、当時は隣接地に第一高等学校や東京高等師範学校もあり、学問の聖地の一角を成していた由緒ある学園である。当然、歴史が長いだけあり⋯様々な学園都市伝説も、学生たちの間で密かに語り継がれていた。同大法学部2年の木口は、テストの緊張感から解放され、ひと時の安らぎに浸っていた。木漏れ日の差す大広場のベンチの上に座り⋯物思いに耽っていた。そこは木口のお気に入りの場所だ。目の前に付属校の女子学生らがはしゃぎながら走り去って行く。
ファースト・コンタクト
すると突然である。後ろからいきなり目隠しをされるよう視界を遮られた。木口は驚き後ろを振り向くと⋯恐らく、自分より1~2年上であろう見知らぬ上級生が陽気な笑顔で立っていた。人付き合いが苦手だった木口は、その場の雰囲気に合う適切な言葉が思いつかなかった。上級生の名は浮島。文学部4年とのことだ。なんでもサークルの勧誘活動をしていたとのこと。凸都大学オカルト研究会を主催しているらしい。それにしても⋯4年ともなれば卒研や就職活動で忙しいはずである。今の時期の浮島と同じ学年の者なら、緊張感のようなものが漂い表情は強張っているはずだが⋯終始、余裕そうな態度である。しかし、いい加減そうな人物に思えなかった。誠実な人柄が滲み出ており、木口は浮島の言葉を魅かれるよう聞き入った。そして、程なくして入部の決意を固めた。
あなたの知らない世界へようこそ
木口はいわゆる内部進級組だった。同じキャンパス内に付属高校があり、成績がそこそこ良ければ、エスカレーターで大学部へ進級できるシステムだった。もちろん、希望する学部は成績によるのは言うまでもない。しかし、木口は文系学部ならどこでもよかった⋯そして、変わり映えのしない5年目の学園生活に飽きていたのだ。そんな心に大きな穴を開けた状態だった。だが、入部手続の際、浮島はまるでそれを見抜ていたかのように木口に忠告して来た。木口ははっとなり我に帰った。オカルトやスピリチュアルの世界では、そうやって人の心に付け入る悪人もいる。当時は某宗教団体による霊感商法被害が多発しており、メディアにより連日連夜報道されていたにも関わらずである。さらに、木口は浮島から様々な説明を受け、未知なる世界に直面している状況に震撼した。
霊能力への目覚め
最初はただの好奇心だった。刺激が欲しかっただけだった⋯てっきり、廃墟巡りや心霊スポット探索が主な活動内容かとばかり思い込んでいた。その後、浮島の木口に対して行われた霊的指南は⋯怖いくらい実感の覚えるものへ変わって行くが理解できた。後日、浮島いわく。あの日、所用で大学事務局へ向かっていたところ、広場で人並みならぬオーラを発した木口を見つけ、勧誘してみることにしたそうだ。木口には霊能者としての潜在的資質があり、その力は10年に1人出現するかしないかのレベルとの話だった。しかし、依然としてそのコントロールが上手く行かない⋯浮島の話によれば、訓練すれば一年くらいで制御できるようになるから大丈夫とのことだった。とりあえず、数日後にはキャンパス内で彷徨う霊体くらいは、薄っすらと可視化できるレベルにまで成長していた。
オカルトの深淵へ
霊能者としての才能に目覚めた木口⋯自身の隠された能力に驚き、さらにオカルトの深淵へと突き進む。当初、浮島からは「君に余計なことをしたかもしれない」と引け目なことを言われたりもしたが⋯あのまま放置しても、いずれは霊能力に目覚めていただろうから、早い内にそれを自覚して正しい方向に力が使えるよう鍛錬しておいた方が身のためであったとも言われた。別に木口は自分で決めたことだし、何よりも平凡な学園生活から脱出したかった⋯木口は心底、浮島に感謝していた。また、木口は幼い頃に、自分の同じ歳くらいの少女とよく遊んで過ごしていた。もちろん、その子は実在していない。イマジナリーフレンドと呼ばれるものだ。小学校に上がる頃になると姿を完全に消したのだが⋯霊能力に目覚めると、再び自分の目の前に現れるようになったのだ。