思念体ルネサンス
人工精霊、タルパ、イマジナリーフレンド⋯これら思念体は、美を追求する精神的な活動でもある。もちろん、不可視だけど自分の目には美しく、可愛く映ってなくちゃ意味がない。わざわざ、それと真逆にするもんおるんか?また、こういうと⋯お前は人を容姿で判断するんか?差別だ!とか言うもんが出て来るだろうな。ところで、発生型って⋯どうして、イケメンや美少女しかいないの?それこそ、確率的にそうでないケースもあって良いように思います。やはり、創作的な意思、潜在的な願望欲求がどこかで働いているんでしょうね。いやさぁ、もう、みんな素直になろうよ。人間らしくやって行こう。魔術や占い、心理学などの前提知識、変性意識や瞑想と言った前提条件⋯今まで、そんな感じの考察を述べて来ましたが、ここに新しい条件を加えようと思います。
人間らしさという条件
みんな、もっと自分に対して素直になった方がええわ。人間らしく行こう。そして、人間には男性と女性に分かれている。それぞれの特徴を最大限に活かす生き方を模索しよう。また、人間が男性と女性に分かれているのは、まぁ、いろいろ深い意味がある。ほいでもって、次の命を紡いだりする。思念体もそれと同じでええやんか。思念体で惚気たいヤツは大いに惚気ろ。これに対して異を唱えるもんはボーグか?タルパ界隈の暗黒面で介在しているドス黒い何か⋯それが、Fセク・惚気アンチと言えるだろう。もちろん、自堕落なもんはどうかと思う。でも、知的な欲情ならいいと思うぞ。ルネサンス芸術作品の数々に込められた作者のスケベ心は知的クールな良いもんだと思う。それらの作品を見ていると、叙事詩的な思いに馳せられ、心が昇華して行くような快感を覚える。
希死念慮のあるもんは美術館へ行けば?
そうなると生きる気力、勇気が訳もなく湧いて来るもんだ。だから、希死念慮の強いもんは美術館へ行けば?何かが変わると思うよ。ただ⋯サルバドール・ダリのような特異な作風をしたものは逆効果かもしれん。気が狂い、余計にお前の希死念慮が倍増されるかもしれん。ソフィー・アンダーソンのようなもんがおすすかもな。タルパ戦争で著名なホロ氏が好きなアレや。ホロ氏もそういう趣味なのかなぁ⋯遠い目。とにかく、スケベ心をくすぐられる方向性で行け。なんか訳もなく元気になり、生きる勇気が湧いて来るから。それよりも女だ!男だ!に走るようになり、死ぬことがバカらしくなって来るから。性は生の源泉だよ。すべての生命の行動原理の根幹である。思念体でそれを再現して何が悪いのかと思うわ。正直、思念体を始める人の半分は⋯それが本当の動機だと思う。
思念体でも別に普通の恋愛観・結婚観を持って良い
思念体と恋愛したり、時に失恋に至ってもいい。今後、ダイブが普及すれば、思念体とのそんな恋の駆け引きも珍しいシチュエーションでなくなるだろう。現実の恋愛も何人か経て行くのが普通だろう。当然、現実とも交錯して行くようになり、思念体→現実の人間→思念体→現実の人間と言った感じに、恋のサイクルを形作るもんが出て来ておかしくない。最後に現実の人間と結婚できれば良い感じだろう。別に現実の恋のつなぎにしてもいいと思うし、思念体で恋の練習はある程度できると思う。もちろん、覚悟を決めて今の思念体を最後の人にしたいならそうすればいい。それで良いならそれで幸せになれ。結婚までの平均の交際人数は5人前後と言われている。結婚には至らなかったが、自分の場合もそんくらいだ。フラれたりフったりを繰り返して来た。現実ではこれが普通だ。
電車と女(男)は追うな、すぐまた来る
数学者マーチン・ガードナーの法則に遠い目。でも、なんか⋯タルパ界隈は一途過ぎるヤツがちょっと多い気がする。以前、タルパ界隈で恋愛属性のタルパを捨てて、タルパ界隈を引退した人を激しく批判、誹謗中傷していたメンヘラがいたが⋯初めての人が永遠の人になるなんて、どんだけ純心過ぎるのかと呆れた。お花畑にも程がある。ちなみに、自分の好きな格言の一つとして「電車と女は追うな、すぐまた来る」だな。まぁ、どのような理由であれ⋯変性意識によるものは確かで絶対の王道となる。生まれつきイマジナリーフレンドがいる人を除き、それ以外の思念体と称するものなんか信じないね。特にFセクや惚気を嫌悪するメンヘラのいうもんなんて。自分には恋愛属性のタルパはいないけど、夢の中でならそういうの普通に体験しているわ。それを参考に今後考察して行こう。