お笑い系オカルト夢小説 とあるモノマネ芸人の苦悩
毎晩、おかしな夢を見るんです⋯⋯
項垂れるよう自身の悩みを吐露する男がいた。ここは都心郊外の閑静な住宅街にある心療内科、樽楠メンタルクリニックである。老齢の医師、樽楠は優しい笑みを浮かべながら、患者であるこの男の次の言葉を静かに待つ。
「毎晩、絶海の孤島にいる夢を見るんです」
「毎晩、まったく同じ?」
「はい、まったく同じ島にいます。そして⋯⋯奴が現れるんです!」
「奴?それも毎晩?必ず現れるの?」
「はい、そして⋯⋯」
男は両手で頭を抱える姿勢になりながら⋯⋯毎夜毎晩、自身が夢の中で受ける仕打ちについて打ち明けた。
座っている椅子の背もたれに寄りかかる樽楠医師⋯⋯眉間にしわを寄せ、しばし宙を見つめる。男の様子からして、どうも、一過性のストレス障害ではなさそうだ。治療は長期化しそうな予感を覚えた。とりあえず、精神安定剤と睡眠導入剤の処方が妥当だろうと判断を下した。
男が毎晩必ず見ると言う「夢」とは⋯⋯銃を持った大きなウサギ人間に、執拗に追いかけ回されると言うものであった。ウザギ人間の目は暗闇の中で赤く光り⋯⋯そして、最後は銃で撃たれて目が覚めると言うものだ。
それが毎晩、深夜の二時から三時頃の間にかけて起き、以降、朝まで一睡もできなくなるらしい。このため、平均睡眠時間は凡そ三時間程度で、完全に憔悴し切り、顔は窶れ目には大きなクマができていた。
「失礼ですが、ご職業は何ですか?」
「モノマネ芸人を目指しながらアルバイトで生計を立てています」
「そうですか⋯⋯素晴らしい夢をお持ちですね」
「最近は磁石を使った新しいネタがウケまして、これからだってところを⋯⋯」
この瞬間、樽楠医師はある結論に達した。
原因は新しいネタがウケたのがきっかけと睨んだ。このままでは、この男の芸人人生も終わってしまう⋯⋯なんとかせねば。樽楠医師は親身になり男の身を案じた。樽楠医師は落語の大ファンでお笑いにも造詣が深かった。
「それまでの持ちネタは何ですか?」
「はい、懐中電灯を使ったネタで⋯⋯それでヘソに光を当てて、踊りながら有名人のモノマネをする芸です」
「あなたの原点はそれですよね?何か大切なものを忘れていませんか?」
「大切なもの⋯⋯」
男は我に返るよう気づいた。
自身が幼い頃にいたイマジナリーフレンドが関係しているのではないかと気づいたのだ。モノマネ技を披露する時以外の舞台の上での自分は、遠い昔に存在していた自身のイマジナリーフレンドをモデルにした⋯⋯なりきりの演技であったのだ。懐中電灯が大好きなネコの姿をしたイマジナリーフレンドである。
最近、ネット上で偶然、チベット密教のタルパと言うものを知り、それで空気ネコの再現も試みようとしていたのだ。自らの身体⋯⋯夜間における異常は、そのあたりを境にして起きている事にも気づかされた。
男は意を決して、イマジナリーフレンドのことも相談して見ることにした。案の定、樽楠の反応は不自然なものへ見る見る変わって行った。男は無意識に語尾に「ニャ」と付けたネコ語風の話し方をしてしまっていたからでもある。