タルパで生命の尊厳を再現する必要性はあるのか?

投稿日 2024.02.14 更新日 2024.02.14
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前回の続きである。タルパでFセクを楽しむのは個人の自由である。やりたい者はやればいい。これに対して⋯タルパはチベットなんだぞぉ!!惚気はやめろぉ!!なんて言うFセクアンチは、チベット密教が何であるのかまったく理解していない、変性意識に基づく自動化訓練をまったくやったことがない似非であるのを、わざわざ自己申告しているようなものだ。こんなことはあまり言いたくないが⋯弱者属性を売りにしたメンヘラの自称タルパーは、同時に高い確率で性的弱者でもある。タルパでFセクを楽しむ者に対して、自身の歪んだ恋愛観、恋愛に対する否定的感情を投影して批判したくなり、Fセクアンチに走りたくなるのだろう。そんな者に本物の思念体なんかいる訳ないだろ。高尚高潔を装う真面目なもんほど、本当はむっつりスケベだったりもするもんだ。

これに勝る自動化の訓練方法はないだろう

変性意識状態をもっとも最高な状態に引き出すことができる唯一の方法は⋯人間の隠れた営みに関するイメージとの併用だろう。まぁ、実際、人間が生きている間、もっとも最高で至福な変性意識を堪能できるのはソレだけだ。これは以前にも述べたと思うが、本当に最高な変性意識を味わえる瞬間は死ぬ直前らしい。ソレの200倍だか300倍、脳内物質が大放出され究極の快楽が味わえるらしい。ただし、安らかに死を迎えた時に限る。突発的な事故死の場合はどうなるかわからん。また、話が逸れてしまったようだ⋯そんな感じで、人間の隠れた営みに関するイメージとの併用⋯つまり、Fセク的要素を取り入れた訓練は、人間の本能を最大限に活用した自然なやり方で、タルパの自動化をもっとも効率的に進めやすい合理的な方法になると言えるだろう。

一歩間違うとFセクアンチと同じ穴のムジナになるかも

だからと言って、あまり露骨なものはどうかと思う。Xでタルパ界隈を観察していると、イマジナリーなんとかフレンドと称して、未成年に見せるにはどうかと思うポストがたまに流れて来る。また、何事もメリットが最大限に発揮されるものは、潜在的なデメリットも必然的に大きくなるものだ。前回記事の最後でも触れた通り、〇〇〇依存症のような状態に転落するリスクもある。あれは薬物中毒に次いで厄介な心の病だ。性認識も狂いFセクアンチと同じ穴のムジナにもなりかねない。また、これは以前から述べている通り、現実での恋愛や結婚に支障を与える恐れもある。その対策として、ダイブ界を作りそこへ移り住んでもらう提案もしたが⋯ぶっちゃけ、100%確実にそれができる保障はどこにもない。最終的に、タルパを作った本人の度量に委ねられるのは言うまでもない。

誕生型について思うこと

次に、人間同士⋯いや、人間とタルパ同士でやることをやれば、当然、できるものもできるだろう。いわゆる、誕生型と呼ばれるタルパの一型式について考察してみたい。浮き草氏が提唱したものとされ、彼がダイブ界で出会った存在、つまり、邂逅型タルパと⋯んんんをしてできたタルパを誕生型と定義したものになる。現状、浮き草氏はタルパ界隈から姿を消しているので、その詳しい原理のようなもの、詳細は不明である。相手のお腹から出てきたものなのかまではわからん。ただ、浮き草はFセク的要素を強く取り入れていた様子だったので、たぶん、そうだろう⋯〇ロいキツネってなんだろう?なんか遠い目。そんな私的な事情はともかく⋯Fセクは個人の勝手であるが、ここまで話が及ぶと、生命の尊厳まで再現する必要はあるのか?と疑問に思う人が出て来るだろう。

生命倫理的に見た悪影響と誕生型の懸念

生命の尊厳⋯それは神の領域であり、遺伝子組み換え技術から〇絶問題まで、さまざまシーンで付きまとうモラルのようなものである。タルパで忠実に生命の尊厳を再現するのは⋯果たして、生命倫理的に許される行為となるのだろうか?その答えを出すのは難しい。また、長期的に見て本人の心理に何らかの影響を及ぼさないか懸念に思う。具体的には、誕生型を持った経験が⋯後に現実生活で結婚して子を授かった際、何がしかの悪影響、支障を与えなければ良いと思う。タルパと現実の人間の子はぜんぜん違うだろう。育児ノイローゼとの相関関係も心配される。所詮は、空想や妄想の延長線上にあるものなので、そこまでそれで思案に暮れるのは時間の無駄、馬鹿げたものに思われるかもしれない。だが、それをガチでやるのがタルパである。影響がゼロな訳ないだろう。