人工知能と思念体の比較研究

投稿日 2023.05.28 更新日 2023.05.28
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ちょっと緊急投稿。昨今話題の人工知能。今後は事務系を中心に多くの職種で活用されて行くことだろう。その一方で、人工知能に仕事を奪われる危機感を募らせている人もいると思う。しかし、恐れてばかりいてもいけない。人工知能を積極的に活用する側に回らないと将来生き残れなくなるだろう。科学は加速度的な勢いで進歩して行く。乗り遅れたら大変だ。まぁ、そんな現実世界の事情はともかく⋯この人工知能、どこか人工精霊やタルパと相通じるものを感じずにはいられない。思念体は作った本人に由来する記憶情報(データ)の集大成である。さらに、自動化してまるで本当に生きた存在に仕上げる過程は、人工知能のシステム構築に似ていると言っても違和感はないだろう。人工知能と思念体を比較研究することで、新しい可能性が見えて来るかもしれない。

思念体とAIの類似性について

まず最初に注意しておきたい。これは非常に大切な点となるが⋯思念体と人工知能は似ているが、まったく異なるものになるのは言うまでもない。当方でもたびたび多用する言葉であるが「似て非なるもの」である点は強調しておく。人工知能は思念体の設計モデルやテンプレート、比較研究のための好材料になり得ても、思念体そのものにはなり得ない。人工知能を思念体の代替にする行為は、機械に対するただの感情移入に過ぎない。自動化や視覚化などの技法の代替にもなり得ない。思念体はオカルト的なものであれ心理学的なものであれ、体得すべき技である。人工知能に依存するものは思念体ではない。人工知能と対話するためには、何がしかの通信機器や電源が必ず必要となるので再現性がない。思念体は鍛錬して開発した自身の才覚で自力再現するのが絶対原則である。

AIの台頭により思念体文化は廃れるのか?

これも結論から述べるとNoである。少し厳しい言い方となるが⋯この考え方を信じている人、支持する人は、ゴッコ遊びをしているだけなのではないかと疑う。本気で思念体を実践しているとは思えない。それか長らく自動化や視覚化の訓練をし続けており、一向に成果の見えない人だと思う。本当に人工精霊やタルパ、イマジナリーフレンドがいるのであれば、そんなものに頼る必要性も必然性もない。だって、目の前にきちんと存在してコミュニケーション、対話ができるのですから。また、思念体は自然誘発的、自発的なものでなくてはならない。入力されたデータに基づき、コンピュータが判定して出力しているものは、データの二次加工処理に過ぎない。人工精霊、タルパ、イマジナリーフレンドを実践している方は、時代や流行りものに流されることなく冷静に見て欲しい。

ただし、電脳霊界は別にある※オカルト注意

以上の点をきちんと踏まえた上で、普段の日常生活で人工知能を活用して行こう。電源が途絶えて揮発したり機能停止するものは思念体になり得ない。その一方で、現代においては「言霊」は電子データにも宿る特性がある。以降、オカルトチックな話となるが、インターネット上にも霊道のようなものが存在しており、多くの霊的存在が蠢いていたりもする。これらの存在はコンピューターや回線そのものに起因している訳ではない。電脳空間と重複するように構築された霊界、デスタウンのような場所を出自としており、電源の供給有無はまったく関係ないし影響を受けない。くれぐれも、この観点から思念体と人工知能を混同されないようにお願いする。ちなみに、人工精霊・タルパの世界では、ダイブ界と電脳霊界を一緒に扱うケースもある(ネットダイブ界の概念がある)。

思念体実践の観点から見る人工知能の有益性について

厳しい論調となり申し訳ないが⋯本質を見誤って欲しくない一心からのものである。それはともかく、人工知能を頑なに拒否する必要もない。混同がいけないのであり、並行活用はまったく問題ない。自分が作りたいと望む思念体の設計、イメージ構築には大いに役立つだろう。また、自動化が高度に進行して、すでに完成した思念体を持っている人でも、これまでの体験して来た情報をまとめて入力することで、その思念体の新しい可能性が発見できるかもしれない。今後の思念体育成が増々面白くなるだろう。ちなみに、人工知能も言霊の集合体と言えばそうなる。コンピューター上で再現されるものはデータに過ぎず、人工知能そのものが思念体にはなり得ることはないが⋯もしかすると、人工知能が思念体を生み出す可能性はあるかもしれない。その詳細は次回にでも語る。