思念体定義情報まとめ

2026.02.27

曰く付きのオカルトブログ、人工精霊の作り方「運の光」を閉鎖してから、早五年近くの歳月が経つだろうか⋯ここまでの間、正真正銘の思念体実践を追及すべく、新たに開設したこのブログ上において、変性意識の活用を前提条件にしたタルパの作り方やダイブ論について執筆してきた。隠し続けていた本当の目的も吐露することにした。その件については姉妹ブログ「蜜月の化身」をご覧いただきたい。とりあえず、これまでに蓄積した研究内容を総括したい意図と、思念体実践と占いとの親和性を高めるため、サイトの全面リニューアルを行い、新しい考察のシーズンを始めることにした。しかし、この段階ですでにかなりの情報が積み上がって来た。今後のためにも情報を整理してまとめ直し、後に続いて来る者のためにも道標を示しておく必要があるだろう。定義や要件は大切だ。

思念体とは何か?

あらためてこの問いに対して答えてみよう。思念とは世間一般的に思ったり考えることを意味するが、オカルト屋なら思考の塊のようなものをイメージするだろう。それが生霊や人間由来の動物霊(龍)の素になるものとも考えるし、呪術や呪文で制御できるものと信じている。ただ、普通の人でも神社で祈ることはあるだろう。オカルトとしての思念は身近なものだ。強い感情から生み出されたものともなれば⋯この世に漂う霊体の圧倒的大多数は生霊ですよ。大抵の人は死んだら弔われるので成仏してます。死霊はそれほど多く存在しておりません。とりま、思念は霊体に昇華することもあると言うことです。それを意図的に引き起こしたものが⋯チベット密教のタルパであったり、西洋魔術の人工精霊であったり、日本古来の式神などになります。こっくりさんもそうですね。

思念と人格の関係性

神仏も不特定多数の集団的意志によるものなので広義の思念体に該当します。思念体は神仏を含めたすべての霊体を包括する最上位カテゴリー、概念となります。タルパの世界を観察していると⋯自分の感じている存在がタルパなのかイマジナリーフレンドなのか何なのか迷っている人をよく見かけます。いずれにしても、思念体であるのは間違いなので思念体と仮呼称していれば良いでしょう。ただし、人格に関しては自分自身の一部、別形態になるので思念体には該当しません。思念は自分自身の意志(人格)から生み出されるものです。人格そのものが思念になり得ることはありませんし、そうだとしたらそれは人格ではなく何らかの思念体です。人格と思念は排他の関係性にあります。人格は霊体ですか?違いますよね。肉体に依存した自分自身の自我の一形態ですよね。

ナフラという選択肢

内在性乖離や双極性障害などの気分障害、解離性同一性障害は自我の偏在化であり、複数の人格は主人格のトラウマや何らかの強い感情が単に擬人化されたものに過ぎません。この件に関してはこれまで散々批評し続けてきたのでやめておきます。思念体の実践像は二つの考え方に分けられます。形態や出自には一切こだわらず目的や存在性のみに意義を見出す考え方と、形態や出自までこだわる考え方です。多くは後者であり、創造型だとか発生型、あるいはイマジナリーフレンドだと称しています。前者はナフラと言われるもので、今の自分の傍らにいる存在がなんなのか分からずいる人はこちらに属する感じになると思います。具体的にわかりやすく説明し直すと、甘味を楽しみたいのか?それとも⋯チョコレートやカステラなど何か決めたものを食べたいのか?その違いに過ぎません。

AIは思念体になり得ない

急速に進歩を遂げる昨今話題のAI⋯ChatGPTのような対話型AIとの会話を楽しむ人も増え、タルパやイマジナリーフレンドに比喩されるケースも目立ち始めております。重要な点になるので何度も伝えておきますが、コンピューターのプログラムやアルゴリズムそのものが思念体になり得ることはありません。AIによるものは仮想的なアンドロイドに過ぎません。また、2040年代頃までに技術的特異点に達することが予想されていますが、完全なる自我を持ち得るかまでは疑問視されています。思念体は自我を持ち得ます。タルパの自動化とはタルパの自我醸成に他なりません。タルパは所持者の自我から生み出す別自我であり、人格や顕在意識が切り替わるだけの解離性同一性障害とも違い、所持者の深層意識に隔離された状態を保ちます。電脳空間を利用して同じ真似はできませんよね。

攻殻機動隊で描かれた未来社会に見るよう⋯脳と電脳空間が直結できるようになれば、また、話は別になると思います。しかし、人類がそうした技術を手に入れるのは⋯かなり遠い未来になると思います。てか、人間が機械化してしまうかも。

つづく